ノンキーjr.の好いとっと

”好いとっと” とは ”好きなのよ” これからも好きなことい~っぱいあるといいな。(Livedoor Blogから引っ越してきました)

”萌ちゃん”(おはなしこんばんは②)

”萌ちゃん” という娘がいたんだとさ。

萌ちゃんは市内のリフォーム会社で働いています。彼女はショールームの看板娘。よく気の利く可愛い娘と、お客さんの評判も上々です。

会社では、定期的にダイレクトメールを発送するのですが、決まってその表紙のページは萌ちゃんの役目です。

季節の移ろい、お友達との楽しい時間、お勧めのお店やスィーツのことなどなど、若い娘さんらしい、しあわせに満ちた楽しい話題の数々に、心癒されているのは私だけではないでしょう。

きっと、”リビング通信”と題するそのメールを心待ちにするお客も多いはず。

萌ちゃんは、今は市内の高台に建つマンションに両親と3人で暮らしています。中学生の時に下町の団地から越して来たのですが、その頃は、まだお兄ちゃんも一緒でした。

やがてお兄ちゃんは遠くの大学へ進学し、そのまま彼の地の人となりました。

そして萌ちゃんも都会の華やかさに憧れて、お兄ちゃんの後を追うように故郷を後にしました。

もう5・6年も前になりましょうか。

念願だった都会での学生生活、見るもの聞くもの全てが新鮮で、おしゃれで、田舎とは大違い。流行りの歌でしか知らなかった駅名や通りの名前が目の前に実在する、ただそんなことにすら感激する毎日。学友との楽しい語らい、勉学もしっかり怠らず、それはそれは充実した時が流れていきました。

そうやって2年3年と経つうちに、LINEの返信も途絶えがちになり、いつしか萌ちゃんの中で、故郷はだんだん遠い存在になっていったんだねぇ。

そんな中、萌ちゃんには素敵な出会いがありました。

彼を迎えた毎日は、彼女の人生を10倍楽しくさせてくれました。それ迄だって楽しくてしかたがなかったのに、その10倍ですよ!

もう幸せで、幸せで、誰かがどんな酷い失恋ソングを歌おうとも、まるで宇宙の果ての話のように聞こえたものでした。

あのメールの一言を見る迄は。

誰が悪い訳じゃない。あの時だって萌ちゃんのせいじゃなかったんです。

あの朝、もしも猫のミーがミルクをこぼさなかったとしたら。

もしも、駅に向かう自転車がパンクしなかったとしたら。
そして、もしも、慌てて駆け込んだ改札で、おばあさんがぶつかってこなかったとしたら。


萌ちゃんが電車に遅れることはなかったはずなんです。


そして、もしも、もしも、乗るはずだった彼との待ち合わせに向かう電車に、たまたま彼女の親友が乗り合わせるなんて偶然が無かったとしたら---。

萌ちゃんは泣きました。泣いて泣いて一生の3回分は泣きました。

見る物が全てモノトーンに感じました、人の話し声も遠くに聞こえました、萌ちゃんには世界が止まったように思えました。

萌ちゃんは、ただただ、いく時間も、当てもなく、うつろに街を彷徨いました。

あの時、もしもパルコの屋上へと続く通路が工事中でなかったとしたら。

あの時、もしも飛び込むはずの銀座線に向かって、先に見知らぬおじさんが飛び込まなかったとしたら---。

あの時、もしも---。  あの時、もしも---。

失意のどん底で、萌ちゃんに、優しいささやきが聞こえました。

「帰っておいで」と。


故郷は萌ちゃんを温かく迎えてくれました。両親や旧友達、そして職場のみんなも。帰って来た萌ちゃんには故郷の懐かしい臭いが分かりました。都会とは違う故郷の臭いが。

あたかも、鮭が生まれた川の臭いを頼りに遡上するように、自分もここへと誘われたんだと感じました。

少女だった自分をいつも優しく見守り照らしてくれた、あの頃と同じ故郷の夕映えの中で暮らすうち、萌ちゃんの心は少しずつ慰められていきました。

それはそれは沢山の涙と引き換えに、萌ちゃんはいくいつもの事を知りました。

お父さん、お母さんの深い愛情、友の思いやり、故郷の持つ大きな力、それら全てに包まれることの意味。

そして、更にその上で気づいたいたことがありました。

「人生は全て偶然の積み重なりでできている」。その一かけら、一かけらの内で自分はどのように生きるべきなのか。そのかけら達が、どのようにぶつかり、組み合わさり、離れて行くのかということに必然性はないのだと。

恋人との別れも、今自分が生きているということも、全ては偶然の出来事の結果であって、誰かのせいでもなければ、神様の気まぐれでもないのだと。

 

 所詮は偶然の所業にすぎぬものを相手にして誰かを恨んだり、ましてや自分を粗末にするなど愚かなことだと。


萌ちゃんは人生の真理の一端に触れた気がしました。

そうしてすっかり元気を取り戻し、誰の目にも、萌ちゃんに戻った萌ちゃんは、今日もショールームでお客さんに笑顔を振りまいているんだとさ。


(後日談)
ここ最近、”リビング通信” の執筆担当者が変わったようです。

なんでも萌ちゃんは、ある日ショールームを訪れたお客の青年と恋に落ち、ゴールインされたとのこと。

更に聞いたところでは、

シヨールームを訪れたその青年が、その後に来店したご夫婦の連れた赤ちゃんが、むずがるのを見て、「自分への応対は後回しで良いから、先にやってあげて」と、ご夫婦に順番を譲ってあげたことが、ロマンスのきっかけになったのだそうです。

う~んん、確かに、その話のどこにも必然性は認められないなぁ。


やはり人生全ては、単なる偶然の帰結ですわ。(笑)


でもね、それではあまりにロマンチックじゃないって仰るのなら、こう結び直しましょう。

 

「萌ちゃんに降りかかった全ての偶然は、萌ちゃんを今日の萌ちゃんへと導くための、出雲の神様の思し召しだった」とね。


萌ちゃ~ん、末永くお幸せに!

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