ノンキーjr.の好いとっと

”好いとっと” とは ”好きなのよ” これからも好きなことい~っぱいあるといいな。(Livedoor Blogから引っ越してきました)

夢の続きは トンネルを抜けるように現実に繋がっていた / ”田村セツコ”さんのこと

次は私の朝のルーティンです。

 

7時ちょうどに、セットしたアラームを止めると同時にラジオ(NHK AM)をONにします。冒頭のトピックスを聞いて、就寝中に大事件のなかったことに安堵すると、すぐに二度寝状態になるのですが、更に30分程で、今度は点けっぱなしのラジオの音で自然に目が覚めます。

 

今朝は、その目覚め方がおもしろかった。

 

 

 

二度寝中の浅い眠りの中で夢を見た。それは---。

 

 

私と奥さんが、喫茶コーナーが併設された本屋か図書館のような所でお茶をしている。

 

何故かその先を見ると、歩けない母が腰掛けて、手元のメモ紙を見ながら本棚の本を選ぼうとするが、立ち上がれずに困っている。

 

そこへスタッフの男性が歩み寄り、「お客様、お探しの本をお取りしますので、そのメモをお読みください」と声をかける。

 

母はメモに目をやり読み始めた。「#◯$&?*----

 

 

----私は朝起ると台所へ行き、その壁に貼られている、亡くなった近しい方々の名前を一人一人呼んで朝の挨拶をするのです---。」

 

 

 

私はその話し声によって夢から覚め、夢の中でメモを読む母の声が、いつの間にかシームレスに、ラジオから流れてくる現実の女性の声に変わっていることに気がつきました。

 

 

その声の主は”田村セツコ”さん。

 

失礼ながら存じ上げませんでしたが、御年88歳になられる現役のイラストレーター、エッセイストとのこと。

 

田村さん曰く、名前を呼ぶと、今は亡きその方々が生き返ったような気持ちになると。

 

 

そう。

私はかねてより、人は死んだら消えてなくなるのではなく、生きる場所を現実世界から残された人の心の中へと変えるのだと思っています。(いつかのブログで書いたかも?)

だから、人が本当に死ぬのは身体が物に変わった時点ではなく、その生きた残像が、誰の記憶からも完全に消滅する時だとしているので、例えば、織田信長や坂本龍馬はまだ生きていて、つまり、彼らは永遠の命を得たといえるのです。

 

なので、田村さんの仰る、先立った方々の名を呼ぶという行為に、とても共感できる気がしたのでした。

 

 

インタビューの全編は、後に ”らじる☆らじるの聴き逃しサービス” で再聴取し、

この先、老いを生きるヒントが詰まった良いお話しを聞くことができました。

 

改めて、著書もちゃんと読ませていただこうと思います。

 

 

特に爺・婆には刺さるかも。(^-^;